北センチネル島は行ってみたら死ぬ?センチネル族・現在の様子を紹介
北センチネル島は行ってみたら死ぬ危険な場所と言われています。この記事では、センチネル族や現在の北センチネル島の様子を紹介しました。さらに、これまでに起きた北センチネル島に行ってみた人が襲われた事件について、詳しくまとめました。
目次
北センチネル島は外部者が行ってみたら死ぬ島!
北センチネル島は、インド洋東部・ベンガル湾内にある島で、インド領アンダマン諸島中の島です。北センチネル島は地球最後の秘境と言われていて、「外部者が行ってみたら死ぬ島」とも言われています。
危険と言われている北センチネル島について詳しく見ていきましょう。
先住民のセンチネル族が住んでいる
北センチネル島には、先住民のセンチネル族が住んでいます。センチネル族の人口は250人ほどとされていて、今もなお石器時代の生活を維持している世界で唯一の民族です。
外部からの立ち入り禁止の島
北センチネル島に住んでいる先住民のセンチネル族は、外部との接触を拒否する生活を続けています。
インド政府も北センチネル島や先住民・センチネル族に干渉をしない意向を示しているため、北センチネル島は外部からの立ち入り禁止の島となっています。
北センチネル島だけでなく、北センチネル島を含むアンダマン・ニコバル諸島には、部外者が足を踏み入れることのできない立ち入り禁止の島は多いです。
北センチネル島に行ってみたら死ぬって噂は本当?
「北センチネル島に行ってみたら死ぬ」という噂があるのですが、これはあながち嘘ではありません。北センチネル島に行ってみたことで、命を落としてしまった方はいます。
そのため、「北センチネル島に行ってみたら死ぬ」という噂を否定するために危険な北センチネル島に行ってみるということは、絶対にやめましょう。
北センチネル島に上陸しようとした場合、間違いなくセンチネル人からの攻撃を受けます。
北センチネル島のセンチネル族について
北センチネル島のセンチネル族について詳しく説明していきます。センチネル族は、先ほども説明したように、外部との接触を拒否する生活を続けています。
これは、センチネル族が歴史的に外来との接触が非常に少ない集団だったことが関係していると言われています。
外来との接触が少なかったセンチネル族は、外部の病原菌に対する免疫抵抗力が弱く、感染症などを持ち込まれてしまった場合にただでさえ少ない人口が一気に全滅してしまう可能性があるのです。
実際に、センチネル族の近隣の先住民族である大アンダマン人・オンゲ族・ジャラワ族は、感染症によって人口を減らしてしまっています。ジャンギル族は1920年代には絶滅してしまいました。
センチネル族は、センチネル語を話します。ただ、島の外部にセンチネル語を理解できる人はいないので、インド政府でさえセンチネル語を理解できないと言われています。
インド政府がセンチネル族に干渉しないのは、センチネル語を理解する術がないからではないかと指摘する方もいます。
北センチネル島の現在の様子!
ここからは、北センチネル島の現在の様子を詳しくみていきましょう。
現在でも行ってみたら死んでしまう国
北センチネル島の現在の様子を調べてみたところ、現在でも北センチネル島は危険で、行ってみたら死んでしまう国ということが分かりました。最近でも、北センチネル島に行ってしまったことで部外者が殺害されたという事件がありました。
北センチネル島へ行ってみたら襲われた事例4選
ここからは、北センチネル島へ行ってみたら襲われた事例4選を紹介していきます。
①1974年ドキュメンタリーのディレクターが負傷
1974年に、アンダマン諸島のドキュメンタリー番組を製作していたディレクターが負傷するという事件が発生しました。
このディレクターは、ナショナルジオグラフィックTVに所属していた人です。ディレクターがボートからセンチネル族を撮影していたら、センチネル族に槍を投げつけられて負傷してしまったのです。
この時に同行していた、ナショナルジオグラフィックTVの写真家ラフバー・シン氏は、ディレクターに槍を投げつけた後に、白い砂浜の上で弓と矢を掲げて小躍りするセンチネル族の戦士たちの撮影に成功しました。
ラフバー・シン氏が撮影したこの写真は、現在も外界からの接触を拒絶しているセンチネル族を象徴する写真となっています。
②2004年スマトラ沖地震後ヘリコプターへ弓を構える
2004年12月26日には、スマトラ沖地震が発生しました。スマトラ沖地震では22万人もの人が津波などによって亡くなっています。
スマトラ沖地震が発生してからおよそ1年経った日、スマトラ沖地震の津波被害を確認するためにインド沿岸警備隊のヘリコプターが上空を飛びました。
その時に、北センチネル島のセンチネル人がヘリコプターに向かって、センチネル人が弓矢を構えている様子が撮影されています。
③2006年漂着した漁師2人を殺害
2006年には、北センチネル島に漂着した漁師2人が、センチネル人に殺害されるという事件が発生しました。この漁師2人は舟で眠っている間に、北センチネル島の砂浜に漂着してしまったようです。
この殺害された2人の漁師の遺体を遺体を回収するために、ヘリコプターが着陸を試みたのですが、センチネル人がまたヘリコプターに矢を放ってきたため、遺体の回収は断念されました。
④2018年宣教師が殺害
そして、2018年には北センチネル島で宣教師だったジョン・アレン・チャウ氏が殺害されるという事件が発生しました。
殺害されたジョン・アレン・チャウ氏は、「終末思想」に基づいて、北センチネル島に住むセンチネル族へキリスト教への改宗を説くつもりだったようです。
ジョン・アレン・チャウ氏は、地元の漁師のモーターボートをチャーターして、2018年11月15日に島の沖合500〜700m付近に停泊していました。
そこから、ジョン・アレン・チャウ氏は一人でカヌーに乗って北センチネル島に向かいました。しかし、案の定センチネル族からの弓矢の攻撃を受け、負傷して戻ったようです。
ジョン・アレン・チャウ氏はここで諦めなかったようです。翌日の11月16日に、再び北センチネル島に上陸しようとしたジョン・アレン・チャウ氏は、今度はカヌーをセンチネル族に破壊されてしまいました。
カヌーを破壊されてしまったため、ジョン・アレン・チャウ氏は泳いでボートに逃げ帰ったようです。
その後、ジョン・アレン・チャウ氏は再び北センチネル島に上陸しようとしましたが、センチネル人からの弓矢の攻撃を受け、浜までなんとか歩いたところで力尽き、命を落としました。
宣教師だったジョン・アレン・チャウ氏の遺体はいまだ回収できていませんが、ボートで待っていた漁師がジョン・アレン・チャウ氏の遺体をセンチネル族が引きずっているのを目撃しており、死亡が確認されました。
日本人で北センチネル島に行ってみた人はいないの?
日本人では北センチネル島へ行ってみたという人がいるのか調べてみましたが、行ってみたという人はいませんでした。
現在、北センチネル島はインド政府によって立ち入り禁止区域となっているので、今後も日本人で立ち入る人や行ってみたという人は出てこないでしょう。
また、北センチネル島に行ってみただけで殺されてしまったという事件は日本でも大きく報道されたので、北センチネル島は危険というイメージは日本人にも強く植えつけられました。
こうした理由から、危険な北センチネル島に行こうとする人は出てこないと思われています。
北センチネル島は現在も行ってみただけで殺される危険な島!
北センチネル島は行ってみたら死ぬ島なのか、北センチネル島に住んでいるセンチネル族や現在の様子について紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。センチネル人は、現在でも外部との接触を拒否する生活を続けています。
北センチネル島では、ドキュメンタリー番組を撮影していたディレクターが槍を投げつけられて負傷してしまうという事件が発生しました。2006年には、寝ている間に漂着した漁師2人がセンチネル人によって殺害されてしまっています。
2018年に上陸を試みた宣教師が殺害される事件が発生しており、遺体を回収することもできていません。北センチネル島は、現在も行ってみただけで殺される危険な島となっているので、間違っても上陸をしようとしないでください。