富士ガリバー王国跡地は現在廃墟?心霊動画や上九一色村との関係は?
かつて山梨県にあった富士ガリバー王国をご存じでしょうか。富士ガリバー王国は1997年に開園して2001年に閉園したテーマパークで閉園してからは廃墟となり、心霊スポットとしても有名となりました。この記事ではそんな富士ガリバー王国の現在について紹介します。
山梨県の富士ガリバー王国の現在を紹介!
山梨県の旧上九一色村にあったテーマパーク、富士ガリバー王国をご存じでしょうか。富士ガリバー王国はアイルランドの作家であるジョナサン・スウィフトの有名なおとぎ話である「ガリバー旅行記」をテーマにの建設された巨大アミューズメントパークでした。
しかし、様々な理由から経営難に陥り、閉園してしまいました。そんな富士ガリバー王国の現在はどのようになっているのでしょうか。この記事では富士ガリバー王国が閉園した理由や現在の跡地、上九一色村との関係などについて紹介します。
富士ガリバー王国はどんな場所?閉園した理由は?
ガリバー旅行記をモチーフに建設された富士ガリバー王国が営業していたのは、たったの4年間だけでした。なぜこのような短期間で閉園してしまったのでしょうか。ここでは富士ガリバー王国のオープンから閉園までの流れ、閉園の理由などを紹介します。
また、オウム真理教のサティアンがあった地域として話題となった、旧上九一色村との関係についても紹介します。
人気テーマパークだった富士ガリバー王国
富士ガリバー王国は1997年に山梨県旧上九一色村にガリバー旅行記をモチーフに建設されたテーマパークです。園内には様々なアトラクションやゴルフ場、ホテルなどがあり、当時は高い人気を誇りました。中でも有名なのは、身長約45mのガリバー像です。
当時から不気味だと話題であった、このガリバー像は写真撮影スポットとして高い人気を誇りました。ガリバー像の他にも北欧の街並みを再現したメルヘンチックな北欧村、ボブスレーを体験できるボブスレーランドまでもあり、大人から子供まで楽しめるテーマパークでした。
また、動物たちと触れ合えるふれあい牧場、お土産屋や飲食店も並んでおり、アトラクションで遊べ、動物とも触れ合える上に、食事も楽しめることもあり、高い人気がありました。また、ガリバー像は世界的に見ても有名で、この大きさの像は他にはないといわれていました。
富士ガリバー王国の場所は?
富士ガリバー王国があった場所はかつて開拓民が手放した旧国有地である富士山の北嶺に位置し、現在の山梨県南都留郡富士河口湖町にありました。富士山の麓の樹海に近い、ということもあり、豊かな自然に囲まれています。
また、美味しい水が飲める場所としても人気がありました。夜には綺麗な星空が見られることでも有名で天体観測ができる場所としても非常に高い人気がありました。
上九一色村との関係
富士ガリバー王国は旧上九一色村にありました。旧上九一色村と聞くとオウム真理教をイメージする人も多いのではないでしょうか。平成7年に発生した地下鉄サリン事件で使用された毒物であるサリンを製造していた工場の場所が旧上九一色村だったといわれています。
この旧上九一色村にはオウム真理教のサティアンがあったのです。オウム真理教の教祖である麻原彰晃こと松本智津夫が逮捕された場所でもあります。そんな負のイメージを払拭するために富士ガリバー王国が開園したのです。
富士ガリバー王国が閉園した理由
ここからは、富士ガリバー王国がなぜ4年という短い期間で閉園してしまったのか紹介します。当時は非常に人気があったテーマパークでしたが、閉園した背景には様々な事情がありました。そんな閉園した理由をそれぞれ紹介していきます。
オウム真理教のサティアンと同じ地区
一つ目の理由は前記でも紹介したオウム真理教のサティアンと同じ地区に建設されていた、ということです。オウム真理教は誰の目から見ても、良いイメージで映ることはありません。そんなオウム真理教の拒絶から客足が遠のいていったと考えられます。
また、サティアンでは地下鉄サリン事件で使用されたサリンが製造されていたということもあり、その風評が影響したとも考えられています。
アクセスの悪さ
富士ガリバー王国の場所は富士山の麓にあると前記で紹介しました。この場所は自然が非常に豊かである代わりに、公共交通機関が発達していないため、現地まで行くためには自家用車などを使用しなければなりませんでした。
せっかく電車やバスなどで近くまで来ても現地まで移動する手段が自家用車やタクシーなどを使わざるを得ませんでした。そんなアクセスの悪さが、閉園の理由の一つと考えられます。
また、最寄りのICからも車で約30分はかかってしまうため、車でのアクセスも非常に悪いものでした。こういった交通アクセスの悪さから客足がさらに遠のいた理由であるのです。
富士急ハイランドとの競合
富士ガリバー王国の閉園の理由の一つに富士急ハイランドとの競合があります。富士ガリバー王国が開園した1997年にはすでに富士急ハイランドは営業していました。交通アクセスも良く老若男女問わずに楽しめる富士急ハイランドは非常に人気が高い遊園地でした。
富士ガリバー王国はそんな人気がある富士急ハイランドとも距離が近いため、競合してしまい、客足が伸びなかったという理由も閉園につながったとされています。
現在の富士ガリバー王国は?
1997年に開園し2001年に閉園してからは廃墟となりましたが、閉園後は敷地を様々な業者が買収し、建物は解体されゴルフ場やドッグランの会場としてオープンしました。しかしそれも企業の倒産により閉鎖されてしまいました。
そんな富士ガリバー王国の現在はどのようになっているのでしょうか、ここからは現在の富士ガリバー王国の跡地について紹介していきます。
廃墟と化した富士ガリバー王国が怖い?
2001年に閉園してからは富士ガリバー王国の建物やガリバー像は廃墟化しボロボロとなりました。そんな廃墟となった富士ガリバー王国は不法侵入者によって荒らしに荒らされ、中でもガリバー像の顔や体には落書きされ、ひどい有様でした。
そんな廃墟化した富士ガリバー王国は廃墟マニアの中では有名な場所となり、高い人気を集めました。
今では心霊スポットに?
廃墟となった富士ガリバー王国は1つの心霊スポットとしても有名になりました。2005年にはオリジナルビデオ「本当にあった!呪いのビデオ」の撮影場所ともなったことが、心霊スポットとしてさらに有名になったともいわれています。
また、事実かどうかは定かではありませんが、昔、富士ガリバー王国で働いていた従業員がミラーハウスと呼ばれるアトラクションの中にある一つの鏡に映るはずのない親子を見た、といううわさもあります。
また、前記でも紹介しましたが、富士ガリバー王国は青木ヶ原樹海の近くにもあったということも心霊スポットとして有名になった理由の一つです。
富士ガリバー王国に入ることはできる?
現在の富士ガリバー王国は更地となっていますが、業者の私有地になっているため無断で侵入することはできません。入れたとしても、すでに富士ガリバー王国の建物などはすべて解体されているため、廃墟を見ることはできません。
また、敷地に何ができるのか現在のところまだ判明していない状況です。
日本の廃墟遊園地
日本には富士ガリバー王国以外にも多くのすでに閉園した遊園地があります。中にはいまだに廃墟として残っている遊園地もあり、廃墟マニアから高い人気を集めています。ここからはすでに閉園となった日本の遊園地を紹介していきます。
北海道「天華園」
北海道に合った天華園は中国の清朝をモチーフに開園したテーマパークで五重の塔や本格的な中華料理が人気でした。1992年に開園しましたが、アトラクションやイベントが少なさから、客足が伸びず1999年に閉園しました。
宮城県「化女沼レジャーランド」
宮城県にあった化女沼レジャーランドは1979年から2001年まで営業していた遊園地です。バブル崩壊とともに客足が激減し経営難に陥り、2001年に休園しました。2003年には温泉が採掘されましたが、2020年現在まで未利用となっています。
新潟県「新潟ロシア村」
新潟県にあった新潟ロシア村は、1993年にロシアとの文化交流を目的に開園したテーマパークロシアをモチーフにしたアトラクションや建物が数多く建設されています。しかし開園当初から入場者数が少なく、2004年に閉園しました。
廃墟となった後は心霊スポットとしても人気を集めました。
様々な形で人気を集めた富士ガリバー王国
富士ガリバー王国はテーマパークとして一時期は高い人気を集めましたが、開園から4年で閉園となってしまいました。閉園してからは私有地につき立ち入りは制限されていましたが、廃墟として一部のマニアから高い人気を集めました。
また、心霊スポットとしても有名で、「本当にあった!呪いのビデオ」の撮影場所となりました。しかし、現在は富士ガリバー王国の建物は解体されており、更地となっています。また、業者の私有地となっているため、無断で立ち入ることはできない状況です。
今後、どのように活用されるのか判明していませんが、何らかの施設ができたら足を運んでみてはいかがでしょうか。様々な楽しみ方ができるのではないでしょうか。